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宇都宮地方裁判所 昭和53年(ワ)92号 判決

原告

道上甚

ほか一名

被告

坂本久

ほか四名

主文

被告坂本久は原告らそれぞれに対し各金四八〇万円及びこれらに対する昭和五二年八月二七日からいずれも支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

原告らの被告坂本久に対するその余の請求及びその余の被告らに対する各請求はいずれも棄却する。

訴訟費用中、原告らと被告坂本久の間に生じたものは二分しその一を同被告その余を原告らの、原告らとその余の被告らに生じたものは全部原告らの各負担とする。

この判決は第一項に限り仮に執行できる。

事実

第一当事者の求める裁判

一  原告

1  被告坂本久、同坂本順一、同坂本シヅエは、各自、原告らそれぞれに対し、各金一一一六万八九五五円及びこれに対する昭和五二年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

2  被告船越征一、同興亜火災海上保険株式会社は、各自、各原告らそれぞれに対し、各金七五〇万円及びこれに対する昭和五二年八月二七日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

3  訴訟費用は被告らの負担とする。

4  仮執行宣言。

二  被告ら

1  原告らの請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告らの負担とする。

第二当事者の主張

(請求の原因)

一  事故の発生

訴外道上一昭は次の交通事故によつて脳底骨折、頸椎骨折に基づく脳損傷により死亡した。

(一) 日時 昭和五二年八月二七日午後五時三五分ころ

(二) 場所 茨城県笠間市笠間三七六一番地先道路

(三) 加害車 普通乗用自動車(栃木五五た四一二二)

(四) 運転者 被告坂本久

(五) 同乗者 道上一昭

(六) 態様 被告坂本久は前記車両に道上一昭他二名を同乗させ、前記路上を水戸方面より小山方面に向け進行中、制限速度時速四〇キロメートルを越える時速八〇キロメートルの速度で先行車の追越をはかり対向車線に進入した際、急激なハンドル操作により車体に横ゆれを生じたのに狼狽し急ぎ急制動及び右に転把した過失により、自車を右前方に滑走させて右側路外に逸脱させて回転・横転させた。

二  責任原因

(被告坂本久、同坂本順一、同坂本シヅエ)

本件事故は前記のとおり被告坂本久の過失によつて発生したものであるところ、被告坂本順一、同坂本シヅエは未成年である被告坂本久の父母として、同被告が交通事故を惹起しない様監督注意すべき義務があるのにこれを怠たつた過失があり、そのため同被告をして本件事故を発生するに至らせたものであるから、被告らはいずれも不法行為責任を負う。

(被告船越、同興亜火災)

被告船越は加害車の所有者であり、亡一昭の所有車を修理の為受け取り、その代車として加害車を同人に一時的に貸したもので、自己のため運行の用に供している者であるから自賠法三条本文に基づき損害賠償責任を負い、そして、加害車につき、前所有者である訴外大垣都四郎と被告興亜火災との間で保険期間昭和五一年五月三〇日より昭和五三年五月三〇日までの自動車損害賠償責任保険契約を締結しているので、同被告は自賠法一六条一項に基づき保険金支払の義務を負う。

三  損害

(一) 病院費用及び霊柩車費用 原告ら各二万〇、六八五円

(二) 葬儀費用 原告ら各一五万円

(三) 逸失利益 一、三九九万六、五三一円

亡一昭は本件事故当時満二〇歳の健康な男子で、高校卒業後中央自動車工業株式会社宇都宮営業所に勤務していた。昭和五〇年の賃金センサスによれば、二〇歳高卒男子の年間平均収入は一五五万六、九〇〇円であり、生活費五割控除し、なお四七年間の就労が可能であつたから、同人の死亡による逸失利益をライプニツツ方式で算出すると、一、三九九万六、五三一円となる。

原告らは亡一昭の父母で、亡一昭の相続人の全部であり、亡一昭の損害賠償請求権を各二分の一宛相続した。

(四) 慰藉料 原告ら各三五〇万円

(五) 弁護士費用 原告ら各五〇万円

四  結論

よつて、請求の趣旨記載のとおりの金員の支払を求める。

(請求の原因に対する認否)

一  被告坂本久、同坂本順一、同坂本シヅエ

(一) 請求の原因一の事実中、被告坂本久の過失の点は否認し、その余の事実は認める。

(二) 同二は争う。

(三) 同三の事実は不知。

二  被告船越、同興亜火災

(一) 請求の原因一の事実中、被告坂本久の過失の点は不知。その余の事実は認める。

(二) 同二については、被告船越が運行供用者であることは否認し、その余の事実は認める。

(三) 同三は不知。

(亡一昭の過失についての被告坂本久、同坂本順一、同坂本シヅエの主張)

被告坂本久は無免許で自動車教習所に通い仮免中であり、運転未熟者であつたことを亡一昭はよく知つていた。本件事故当日亡一昭が運転し、被告坂本久他二名が同乗してドライブ中、本件事故現場にさしかかる一時間程前に、同被告は亡一昭に「運転が疲れたからお前代れ」と言われ、同人が兄貴分であるうえ同人の好意で車に乗せてもらつていることから断われず同人と運転を代り、同人の指示で約一時間運転し本件事故現場に差しかかつたのであるが、先行車がノロノロ運転しており、しばらくはその後について運転をしていたが、亡一昭が業を煮やしたのか追越せと言い出したため、これまで遠距離を運転したことはなかつたうえ追越等もしたことがないので全く自信がなかつたが、その気になり車の速度を上げ先行車の追越にかかり、先行車と並行したころ、急に車が横ブレしてハンドル操作が出来なくなり本件事故を惹起したものである。

以上の事実からすると、本件事故の原因の九割は亡一昭の過失にあるといわざるを得ない。

(自賠法三条本文の「他人性」に関する被告船越、同興亜火災の主張)

亡一昭は本件事故時、事故車について運行供用者の地位にあつたもので、又、自動車損害賠償保障法第三条に規定する「他人」に該当せず、従つて、自賠責保険の対象とならない。

一  亡一昭は本件事故車を被告船越より専ら自己の利益のため借り受け使用していた者である。

二  事故時亡一昭は内縁の妻西島里子及び友人の石村幸雄並びに中学校の後輩である被告坂本久を誘い自ら事故車を運転して茨城県大洗海岸に赴き、遊泳した後再び、自ら運転して帰途についたが途中、一休みしようとして同乗の石村に運転の交替を頼んだが断わられたため、自動車運転免許を取得していないことを熟知しながら気乗りのしない後輩の同被告に事故車を運転するように申し向け、自らは免許証を持たない内縁の妻の西島を助手席に乗せたまま後部座席に乗り込み(道路交通法第八七条二項)同被告に運転させた。

三  更に同被告が警察官の検問に会い無免許が判ることを心配して「警察官に捕まつたらどうしよう」というのに対し「そんじや俺の名前と生年月日、住所を覚えて行けよ」と指示してこれを覚えさせる等の方策を講じ、加えて走行途中他車に追越されるや黄色の追越禁止線で追越が禁止されている地域にも拘らず「追い越せ、追い越せ」と囃したて、無免許で運転未熟な同被告に加速させて追い越しをかけさせたため、本件事故を誘発させ、又、自らは後部座席ドアをロツクしていなかつたため、車外にほうり出され、不幸にも他の同乗車がかすり傷程度で済んだにも拘らず死亡という結果に至つたもので、本来危険を防止すべき立場にある亡一昭が自ら招いた事故に等しく、本件事故発生に至る経緯並びに亡一昭がこれに加担して事故を誘発させた事情については既に原告らも了解済である。

四  以上本件事故に至る事故車の運行目的、運行内容、事故に至る経緯等すべての点で専ら亡一昭が本件事故車の運行を支配し管理し、運行利益を享受していた者で、事故車の運行供用者たる地位にあつた者であることは明白であり、かつ被害を自ら招来した者であつて自賠法第三条の「他人」には該当せず、被告船越は損害賠償義務を負わず、従つて被告興亜火災には自動車損害賠償責任保険の支払義務は存在しない。

第三証拠関係〔略〕

理由

一  本件事故に至る経緯等及び事故の発生

(一)  請求の原因一の事実は被告坂本久の過失の点を除いて当事者間に争いがない。

(二)  右争いのない事実、証人小久保里子、同石村幸雄の各証言、被告坂本久本人尋問の結果、いずれも成立につき争いのない甲第六号証、甲第七号証、甲第二一号証、甲第二八号証、甲第三〇号証、甲第三四ないし第三六号証を総合すると次の事実が認められ、これに反する証拠はない。

昭和五二年八月二七日正午ころ、遊び仲間である、亡一昭、被告坂本久、石村幸雄、小久保里子(当時は西島里子)の四名は、亡一昭が自己所有車を自動車修理業を営なんでいる被告船越に修理に出したためその代車として同被告から借り受けた本件加害車でもつて茨城県の大洗海岸に海水浴に出かけるため、亡一昭の運転で宇都宮市を出発し、同日午後二時三〇分ころ大洗海岸に到着し、プールで泳いだ後、同日午後四時ころ往路と同様亡一昭の運転で助手席に右小久保、後部座席に被告坂本久、右石村が同乗し宇都宮市への帰途についた。

大洗海岸を出発して間もなく、亡一昭が「疲れた。石村、運転を替つてくれ。」と同乗の石村に運転の交替を頼んだが、石村が当日運転免許証を携帯していなかつたことから同人に断わられたため、被告坂本久が運転をするのは自分しかいないと思い、これまで運転免許の実地試験を二回落ちているので練習のつもりで運転をしようという気になり、亡一昭に「俺がやるよ。」と言つたところ、同人が「まかせるよ。」と答えたので、運転を交替することになつた。

当時、被告坂本久が普通自動車の仮運転免許を得ているものの実地及び学科試験に合格せず免許を得ていなかつたものであり、そのことは亡一昭において知つており、運転を交替した後、同被告が警察官の検問に会い無免許運転が発覚するのを心配したのに対し、「俺の名前と生年月日、住所を覚えて行けよ。」と指示してこれを同被告に教えた。

同被告に運転が替り、一時間程走行して本件事故現場付近に差かかつた際、先行する車両が時速五〇キロメートル位で走行しており、これに追随していると、後続車二台が追い越して行つたことから、亡一昭と石村が「前の車を追い越せ。」と言い出し、これに誘われ同被告も先行車の追い越しにかかつた。

速度を時速七〇ないし八〇キロメートル位に加速し、対向車線に進入して先行車の右側に並走した時、急激な加速とハンドル操作のため車体が左右に振れ出し、これに狼狽して急制動の措置を講じた過失により加害車を右前方に滑走させ右側路外に転落させた。

二  被告らの責任原因

(一)  被告坂本久

前認定の事実によれば、本件事故は同被告の過失によつて生じたものであるから、これによる損害を賠償する義務がある。

(二)  被告坂本順一、同坂本シヅエ

成立につき争いのない甲第三三号証によれば被告坂本久が昭和三四年一月二八日生まれであり、本件事故当時一八歳であつたこと、被告坂本順一及び同坂本シヅエが被告坂本久の父母であることは明らかであるが、被告坂本久の惹起した本件事故につき、被告坂本順一及び同坂本シヅエが不法行為責任を負担するのは同被告らの親権者としての監督義務違背の事実及びこれと損害発生との因果関係が認められる場合においてであると解されるところ、本件においてはこれを認めるに足る証拠は存しない。

従つて、本件事故につき被告坂本順一及び同坂本シヅエには損害賠償責任はない。

(三)  被告船越、同興亜火災

前記認定の本件事故に至る経緯及び事故の発生の事実関係のもとにおいては、本件加害車の所有者である被告船越の運行支配が間接的、潜在的、抽象的であるのに対し、亡一昭の運行支配と運行利益の享受がはるかに直接的、顕在的、具体的であつたというべきであるから、原告側において、被告船越に対し、自賠法三条本文にいう「他人」であることを主張することは許されないと解すべきであり、同被告に対し損害賠償請求権は成立しない。従つて被告興亜火災においても自賠法一六条一項の保険金支払義務はない。

三  損害

(一)  病院費用及び霊柩車費用

成立につき争いのない甲第一ないし第四号に弁論の全趣旨を併せると亡一昭の死亡により費した病院費用及び霊柩車費用は合計金四万一、三七〇円であり、これらは各原告において二分の一宛支出したものと認められる。

(二)  葬儀費用

原告道上衣子本人尋問の結果によると一昭死亡のため同人の葬儀を原告らが主催したことが認められ、この費用は三〇万円とするのが相当であり、弁論の全趣旨によれば右金員を原告らが各折半して支出したものと認めるのが相当である。

(三)  逸失利益

成立につき争いのない甲第二六号証によれば、亡一昭は、本件事故によつて死亡した当時満二〇満の健康な男子であつたこと、高校卒業後民間企業に就職し稼動していたことが認められる。

従つて、亡一昭は事故後なお四七年間稼動し得、昭和五二年度賃金センサスによれば男子労働者二〇歳から二四歳までの年間平均給与額は一七八万九、五〇〇円であることが明らかであるから、生活費として五〇パーセント控除し、ライプニツツ方式で同人の死亡による逸失利益を算出すると金一、六〇八万八、四九九円となる。

成立につき争いのない甲第二五号証に弁論の全趣旨を併せると原告らは亡一昭の相続人の全部であり、亡一昭の損害賠償請求権を各二分の一宛相続したことが認められる。

(四)  慰藉料

不慮の事故によつて一昭を失つた原告ら両親の精神的苦痛を慰藉するためには原告らそれぞれに対し、各金三〇〇万円宛の支払をもつてするのが相当である。

(五)  過失相殺

前記認定の本件事故に至る経緯等及び事故の発生の事実によれば、亡一昭において、実地試験に合格せず無免許かつ運転未熟な被告坂本久に運転を委ねたうえ、先行車の追い越を勧めたことが、被告坂本久に本件事故を惹起させた大きな要因となつていることが明らかであり、右の点は被害者側の過失として損害賠償の額を定めるにつき斟酌すべきところ、被告坂本久の過失の程度等諸般の事情と総合考慮するならば前記認定の損害額から六〇パーセント程度減額するのが相当と考えられ、従つて、原告らが本件事故による損害として賠償を求め得る額は各自金四五〇万円とするのが相当である。

(六)  弁護士費用

本件事業の内容、審理経過、認容額に照らすと、原告らが被告坂本久に対し本件事故による損害として賠償を求め得る弁護士費用の額は各金三〇万円とするのが相当である。

四  結論

よつて、被告坂本久は、原告らに対し各金四八〇万円及びこれに対する本件不法行為の日である昭和五二年八月二七日から支払済まで年五分の割合による遅延損害金を支払う義務があり、原告らの同被告に対する請求は右の限度で理由があるから認容し、その余の同被告に対する請求及び原告らのその余の被告に対する請求はいずれも理由がないから棄却することとし、訴訟費用の負担につき民事訴訟法八九条、九二条、九三条を、仮執行の宣言につき同法一九六条を各適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 戸舘正憲)

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